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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1542号 判決

控訴人(原告)

福井美代子

他二名

代理人

山村治郎吉

被控訴人(被告)

京都市

代理人

納富義光

補助参加人

桂駅西口土地区画整理組合

代理人

中村益之助

主文

一、原判決を取消す。

二、別紙第一目録記載の土地中、同第二図面に赤斜線で表示してある部分(八〇四、二三平方米、坪数にして二四三、二八坪)につき、控訴人福井美代子が二分の一、控訴人上田悦子が四分の一、控訴人上田博が四分の一の各共有持分権を有することことを確認する。

三、被控訴人は控訴人らに対し右土地部分につき、それぞれ右第二項記載の割合による各持分権移転の登記手続をせよ。

四、本訴によつて生じた訴訟費用中、控訴人ら(承継前の一審原告亡福井平次郎の分を含む)と被控訴人との間に生じた部分は全部被控訴人の負担とし、参加によつて生じた部分は参加人の負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「主文第一ないし第三項同旨但し、第三項では記載土地部分の分筆をもあわせ求める)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

《中略》

(被控訴人の主張)

(一)  別紙添付第一目録記載の土地については公用開始行為がないから被控訴人はこれを公物と主張する趣旨ではない。しかし、右土地は被控訴人京都市の児童公園予定地でいわゆる予定公物であり(地方自治法二三八条第三項(昭和三九年四月一日施行)参照。なお右施行により廃止された京都市財産及び営造物条例第二条第二号も右と同じ趣旨を規定していた)予定公物は法律上公物に準じて取扱われるのが通常であるから、右土地は私法上の時効取得の対象とならない。

(二)  かりに時効取得の適用があるとしても、控訴人ら先代福井平次郎(以下先代と略称)が占有していた部分、すなわち、別紙添付第二図面赤斜線部分(以下本件土地と略称)及び同青斜線部分中「政府から売渡を受けたか占有を放棄した土地」と記載した一劃(以上の二つを以下本件土地等と略称)につき、同人は終始他主占有をしていたもので所有の意思をもつて自主占有していたことはなかつたからこの点において取得時効の要件を欠く。すなわち、先代は昭和一二年頃から本件土地等をその管理人である補助参加組合(以下単に組合という)から無償で借受け耕作していたもので他主占有にほかならない。そうして、本件土地はもともと右組合の土地区画整理事業にあたり被控訴人京都市の児童公園として予定してあつた関係上その後昭和二三年一一月一日土地区画整理事業の完了と同時に被控訴人京都市の所有に帰し(旧都市計画法第一五条の三。組合規約第二一条にも「公園敷地はこれを京都市所有地として特別処分をする」と定められている)昭和二九年一〇月二八日にその登録がされた。先代が本件土地等を占有していた関係は右土地が以上の如く京都市所有となつた後も変りがなく、依然他主占有である。もつとも先代は昭和二三年一二月二日自作農創設特別措置法第一六条により政府より京都市右京区桂南巽町三三番地の一の一部(これが本件係争土地でないことは原審で主張したとおりであるが、かりに本件土地を含むとしても)の売渡処分を受けたけれども、右売渡処分はその後昭和三四年五月二二日に取消されており、右取消しは売渡処分の無効宣言にほかならないから(無効理由は控訴人主張の理由のほか、自創法第五条第五項違反の重大且つ明白な瑕疵がある点にも求め得る。すなわち、本件土地は右条項にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であるにもかかわらずその指定がなされないまま買収された。)、先代は新権原によりさらに本件土地を所有の意思で占有を始めたと解することはできない。

(三)  かりにそうでないとしても先代には本件土地占有の始め次のような過失があつた。

(1)  先代に対する前記売渡処分の効果は売渡通知書の記載によつて決められるべきものである。しかるに、先代が組合から使用を許されていた本件土地と、売渡通知書記載の土地の表示とが異つているのであるから、このような場合、被売渡人としてはこの点を十分調査すべきにかかわらずその調査を怠り、その使用地が売渡されたものと信じて占有を続けていた過失がある。かりに売渡土地の範囲について現地で農地委員や同補助委員の指示を受けてこれを信じたとしても、右委員らは買収及び売渡処分につき何らの権限をもたないからやはり過失を免れない。

(2)  さらに、先代は組合に勤務し組合の土地区画整理事業の施行中その土地分譲案内ビラ(乙第四号証)を配布する等本件土地が将来被控訴人京都市の所有となり児童公園が造られることを知つていたのであるから、たとえ京都府知事から売渡処分通知を受け、自己が使用している土地を売渡されたものと信じたとしても、同人はそれまで組合の好意で昭和一二年頃以来無償でこれを使用してきたのであるから、右売渡処分に一応の不審を抱くのが当然であり、従つて農地委員あるいは同補助委員らに確かめるのが当然であり、この点の調査を怠つた点に過失がある。

(3)  かりに以上の主張に理由がないとしても、昭和三〇年三月二五日被控訴人京都市建設局公園緑地課技術吏員らが本件土地を含む公園新設予定地の測量を完了した上、同三一年一一月に本件土地に公園予定地の標識を建てるため現地に行つたところ、先代は鍬を振り上げ大声で怒鳴つて右標識の設置を妨害したので前記技術吏員は右標識の設置を断念するほかはなかつた。このように、先代は暴力で被控訴人京都市の本件土地に対する管理を妨害したのであるから、その後の先代の本件土地に対する占有の保持は平穏なものではなく、取得時効はこの時点で中断されたものと解すべきである。

(四)  本件土地を含む組合の土地区画整理地域につき自創法第五条第四号に基く京都府知事の買収除外指定のなかつたこと、及び先代の死亡により控訴人らがその相続人となつたことは認める。

(五)  なお、本件土地については昭和三〇年一月二七日旧所有者佐野義男から被控訴人京都市に所有権移転登記手続がされた。

(控訴人らの主張)

(一)  建設省が本件土地を被控訴人京都市計画児童公園と決定したことは認めるが、被控訴人京都市は未だこれを公園予定地としているだけで、その公用開始行為はない。

(二)  先代に対する売渡通知書記載の物件表示は単に売渡の目的物件を特定するにすぎず、同人は従前から耕作中の本件土地を「旧三三番地の一畑九畝一〇歩」として農地委員会から現地で指定を受けた上(補助委員金沢慎祐は現地を指示してこの土地の売渡手続きをしてやる、と言つた)その売渡を受けたものである。右売渡通知書記載の地番と先代が耕作中の土地の地番が一致しないのは、買収計画樹立時と売渡処分時との間に地番変更があつたのに関係機関がこれを看過したためである。従つて、先代が右地番不一致の点に不審を抱かず、その点を調査しなかつたことを過失とはいえない。

(三)  本件土地は国が自創法によつて買収し、これを従前から耕作中の先代に売渡し、同人はその対価も支払い、その後所有の意思で占有を始めたのであるから、その占有もが自主占有であることはいうまでもない。また、国の売渡処分を正当と考えて所有権取得を信ずるのは当然のことである。およそ一般国民は行政庁の行う行政処分は法律に従い正当になされたものと信ずる。かかる行政処分の効力を疑うようなことは高度の法律知識を有するもののみがなしうることであつて、先代のような法律に無知なものにかかることを要求できるものではない。従つて、先代が前記売渡処分によつて所有権を取得したと信ずるについては何の過失もない。

(四)  先代がその意に反して本件土地に立てられようとした公園予定地の標識の設置を拒否したとしても、かかる行為は本件土地の占有の保持につき法律上許されない強暴な行為であるとはいえないから、先代の占有が平穏であることに変りはない。

(五)  先代は昭和三九年五月二一日死亡したので控訴人らが相続人となつたが、その相続分は控訴人福井美代子(右先代の二女)が二分の一、控訴人上田悦子(先代長女亡上田マツエの長女)、控訴人上田博(右マツエの長男)各四分の一がの割合である。

(六)  なお、本件土地を含む組合の土地区画整理区域については自創法第五条第四号の買収除外の指定はされていない。

(七)  当審において組合がした本訴被控訴人京都市に対する補助参加の申出に異議がある。補助参加組合は被控訴人との間にその主張のような利害関係はない。かりにそうでないとしても、その本案に関する主張を否認する。

(補助参加組合の参加申出並びに本案に関する主張)

(一)  補助参加組合(単に組合という)は以下のような参加の理由があるから本訴につき被控訴人を補助するため参加の申出をする。すなわち、(イ)組合が被控訴人京都市に本件土地を譲渡したのは元来組合が土地区画整理法に基く公法人であつて、京都府知事の認可も受けており被控訴人との間にも拘束力を有する組合規約(乙第七号証)第二一条第六項「公園敷地ハ之ヲ京都市有地トシテ特別処分ス」との規定上の義務に基くものであつて、もし被控訴人が本訴において敗訴すれば組合としては本件土地に代る面積を被控訴人にあらためて譲渡する義務が残る。(ロ)また、げんに被控訴人が本件土地の使用を妨げられているため、組合はやむなく本来他に売却分譲する筈であつた西隣地を被控訴人に無償提供し、他方その公租公課だけは永年にわたり負担し続けており、その結果、清算の結了を遅延させられている。以上のとおり組合は被控訴人の本訴の結果につき利害関係を有する。

(二)  本案について。

(1)  先代は本件土地占有の始め善意ではなかつた。すなわち、組合は昭和一二年以来右先代を小使いとして雇つていたものでその間、組合長沢田長治郎個人のはからいで本件土地等を何時でも返す約束で無料で使わせていたが、昭和一九年三月桂西口組合出張事務所閉鎖に当り右先代を所定の手当を支給の上解雇するとともに右土地の返還を求めていた。ところがそのうち昭和二一年に至り、組合は右土地が農地買収の対象となつていることを知り、直ちに右京農業委員会長中谷進之助に抗議するとともに、先代に対してもあらためて土地返還方を再三にわたり、桂小学校長水口利夫や同校書記中山幸治郎を介して請求し続けてきたのである。しかるに、先代は右組合の意向を無視して政府より右土地の売渡しを受けてしまつた。

(2)  本件は受託物を不法に横領した関係に類似する。先代は右売渡しを受けるについて当然組合を調査したり登記関係等を検討すべきであつたのにこれを怠つたのは過失ある占有者というべきである。

(3)  昭和三二年三月二九日右京農業委員会において同会長松山熊蔵、京都府拓地課高瀬係長、桂農業委員会委員津田政治郎、京都市公園課今富課長代理、平井同係長、参加組合組合長沢田長治郎及び先代が列席協議の上、先代は坪当り二、〇〇〇円の割合による金員と引換えに本件係争地を明渡すことを約し、ここに先代の占有意思はその内容を変更したため、占有の継続を欠くに至り時効の完成はありえなくなつた。

(4)  本訴における控訴人らの時効取得の主張はその経過に照らし、信義則に反するものであり、かかる主張によつて被控訴人京都市が本件土地を公園に供しようとする計画を妨げることはまさに公共の福祉に反し権利の濫用である。

証拠《省略》

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  本件土地は昭和九年頃から始つた参加組合の土地区画整理事業の施行地域内にあり、右整理事業の対象ではあつたが、組合の規約の定めにより当初から被控訴人京都市の児童公園とする目的のため一般分譲地とせず組合の保留地に指定されていたこと。

(二)  右整理事業は昭和一二年頃既に工事完了したがその法律上の手続は遅れ、ようやく昭和二三年一一月一日に至り京都府知事の換地処分の認可を受け(旧耕地整理法第三〇条第四項参照)、同一二日その旨告示されたのであるが、本件土地はその後前記既定方針に基き被控訴人京都市に譲渡せられ、現在その所有名義に登記されていること。なお、本件土地の番地は右換地処分によつて京都市右京区桂南巽町六八番地の六となつたもので、その範囲は換地処分前の旧番地である同町三三番地の一、三三番地、三四番地の一、三四番地の二、三五番地、三五番地の二の以上旧六筆の土地の各一部分宛を包摂して一筆となつたこと、及び右従前地六筆と本件土地との現地における位置の対応関係がほぼ原判決添付第二図面記載のとおりであること。

(三)  ところで、控訴人ら先代は組合の土地区画整理の工事が完了した昭和一二年頃から本件土地等を組合から借受け耕作していた関係上、国は昭和二二年一〇月二日右組合の整理事業と無関係に自創法の規定により「旧三三番地の一のうち田九畝一〇歩」なる表示の土地を所有者佐野義男から買収し、二三年一二月二日既に前記組合の換地処分の認可、告示が済んでいたにもかかわらずこれを先代に売渡す処分をしたこと(但し。右買収、売渡処分の対象となつた土地の存否及び範囲については争いがある)しかし、京都府知事はその後前記のような区画整理事業があつたことに鑑み昭和三四年五月二二日に至り右先代に対する売渡処分を以下の理由で取消したこと。「この土地(旧三三番地の一の一部)は土地区画整理法に基く換地処分によつて売渡期日前にすでに存在せず、かつ換地後の土地は農地ではない」

(四)  その間本件土地は被控訴人京都市の申請に基き昭和三一年六月一日付建設省告示により被控訴人京都市都市計画公園に決定されたか、被控訴人京都市は公園予定地としているだけで、未だ公園としての公用開始行為があつたわけではないこと。

二次に弁論の全趣旨によれば控訴人らは前記取消処分により先代の受けた売渡処分(従つて、右売渡しによる本件土地の所有権取得)は効力を失つたことを自認しているものと認めることができる。

三控訴人らは、以上の事実関係の下で先代は昭和二三年一二月二日前記国の売渡処分を受けた時点以降一〇年間本件土地の占有を継続し、右占有につき民法第一六二条第二項所定の要件を具備しているため、その所有権を時効取得した旨主張するので以下その成否について考察する(なお、先代が存命中本訴において右時効を援用したことは記録上明白である)。

(一)  まず、被控訴人は本件土地は京都市都市公園(公共用財産)予定地としていわゆる予定公物であるから公物に準じ取得時効の適用はないと主張するので検討する。

一般に公物(公用又は公共用財産)に私法上の取得時効制度が妥当するか否かは公物の有する公共性(他の一般財産と異なる特殊性)が時効制度によつて保護されるべき私的利益に比し大であつてこれに替え難いものであるか否かにかかると考えられる。そこで、この理をすすんで本件土地のような予定公物についても適用して考えるに、いわゆる予定公物とは将来公用又は公共用財産に予定されたものを言うに過ぎないのであつて、本件においても被控訴人京都市は本件土地を児童公園予定地としたのであるが、もとよりこれを直ちに現実に外見上児童公園の形態を具備させたというわけではなく(公用開始行為がないことは被控訴人も自認する)、したがつて現に公共用財産としてその使命を全うしているのではなく、依然先代の耕作占有状態が継続されてきたことは明らかである(後記認定事実参照)。また公園の社会的機能を考慮にいれて本件土地の公共的必要性を考えても、被控訴人京都市としてはどうしてもここに児童公園を設置しなければ他に替え難いほどに本件土地に強い必要性があるとはにわかに認め難いところである〈証拠〉によれば現に参加組合の協力により本件土地西隣地が事実上公園として使用されその機能を果していることが認められる)。のみならず、本件で控訴人らの主張する時効起算日昭和二三年一二月二日当時は本件土地は未だ参加組合の保留地に過ぎず、公有財産ですらなかつたのであり(被控訴人に所有権移転登記がなされたのは昭和三〇年一月二七日)、まして被控訴人主張の建設大臣の決定は(右決定の根拠は都市計画法第三条。なお右決定にさいし同条による内閣の認可を必要としない点につき都市計画法及び同法施行令臨時特例第二条第一号参照)時効完成の終期に近い昭和三一年六月一月になつてはじめてなされたことも前記争いない事実によつて認められるところである。

以上のような本件土地に窺われるいわゆる公共性の実質及び時効制度が本来一定の事実状態の永続に法的効果を付与するものであつてその要件も専ら具体的事実状態に着眼されており、当該物件の観念的な法的性質が変つた如き(公有財産が公共用財産予定地に変つた如き)は何ら直接の関係がない点、殊に本件では前記のとおり先代の占有開始時点が公園予定地に決定された時点を遙かに先行している点等を彼此綜合すると、結局本件土地についてはいま時効取得の適用を排除するに足るほどの合理的な理由を認めることは到底できない。一般に行政法学上予定公物は公物に準ずべきものと考えられるけれども、そもそも当該予定公物が如何なる法律関係につき公物に準じ、又は準ずべきでないかはそれぞれの実定法規や条理に照らし個々に検討されなければならないのであつて、公物に時効制度の適用がないことを前提として、即予定公物にも時効制度の適用なしとする被控訴人の主張はにわかに首肯し難い。(被控訴人の指摘する地方自治法第二三八条第三項及び同旨の旧京都市財産及び営造物条例第二条第二号はいわゆる行政財産を定義して、公用又は公共用に供するもののほか右用に供することと決定した財産をも含む旨定めているけれども、右法条は専ら地方行政目的に照らし地方公共団体の財産管理体制を確立し、責任の所在を明確にするため規定されたものであるから、これを根拠に相ちに本件のような公園予定地につき私法上の取得時効制度の適用を排斥すべきであると解することはできない。)

以上のとおりであるから、被控訴人の前記主張は公物一般に取得時効の適用があるか否かに論及するまでもなく理由がない。

(二)  そこですすんで本件時効取得の要件について検討する。

(1)  先代が昭和一二年頃組合から本件土地等を借受けこれを耕作占有していたことは当事者間に争いがなく、先代が本件土地の取得時効完成時点と主張する昭和三三年一二月月二日当時これを耕作占有していたことは原審での控訴人亡福井平次郎本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。そうすると、先代が自創法に基き政府から前記一(三)の売渡処分を受けた昭和二三年一二月二日以降右同三三年一二月二日まで一〇年間本件土地の占有を継続してきたこと並びに右占有は所有の意思をもつて善意、平穏、且つ公然になされたものであることが推定される(民法第一八六条第一、二項)。

被控訴人及び参加組合は右各推定事実に反する主張をするので以下その主張について順次検討する(なお、控訴人らは参加組合の補助参加申出に対し異議を述べるけれども、参加組合がその参加理由として主張する(イ)の事実は乙第七号証や弁論の全趣旨に照らし疎明せられ、右参加申出は理由ありと認められるから、これを適法なものとして許す)。

(イ)(占有の継続を欠くとの点)

参加組合は、昭和三二年三月二九日被控訴人や組合の関係人と先代が話し合いの結果、坪二、〇〇〇円の割合による金員と引換えに先代が本件係争地を明渡す旨協議が成立したからこの時点において先代の占有の継続はなくなつたと主張し、当審証人沢田長治郎の証言によれば右のような協議のあつた(もつとも先代は右金員を受け取ろうとしなかつた)ことが認められるけれども、このような事実だけで先代の前記占有の継続が中断したとは考えられないことは言うまでもない。却つて、原審での控訴人亡福井平次郎本人尋問の結果によれば先代福井平次郎は前記期間中引続き本件土地を畑として耕作しその占有を継続していたことが明らかである。

(ロ)(他主占有であるとの点及び占有の始め善意でなかつたとの点)

次に被控訴人は先代の本件土地占有は所有の意思を欠いていたと主張し、参加組合は占有経過に照らし先代の本件土地取得は善意を欠くと主張するけれども右主張を肯認するに足りる証拠はない。却つて、〈証拠〉を綜合して先代の占有の経過及び態様をみると次の事実を認めることができる。先代は昭和一〇年頃から参加組合に雇われ、組合が区画整理工事中はその人夫として、同一一年頃右工事終了後は組合事務所の小使として雑用に従事していたものであるが、右工事完了の頃たまたま本件土地等が休閑地であり、また丁度自宅の向かい側にもなるのでその一部をねぎ等を作るため一時使用させてほしい旨組合に申込んだところ、組合側でも本件土地等は元来被控訴人京都市に譲渡(特別処分)するため一般分譲地と区別し保留扱いにしており(以上のことは先代も知つていた)、差し当りこれを使用させても支障がなかつたので右申入れに応じ、特に使用の範囲も明確にしないまま一時無償で使用耕作することを許し、よつて先代はその頃から右趣旨で本件土地等の耕作を始めた。組合は昭和一九年三月末頃になつて桂西口の組合事務所(出張所)を閉鎖し、そのさい先代を解雇するとともに右土地の返還を求めたが、先代は暫時明渡の猶予を懇請したので、組合もこれを承認し、そのご返還の件は沙汰やみとなつた。ところが、そのうち終戦となり政府は自創法の施行に伴い昭和二二年一〇月二日本件土地等を佐野義男から買収の上、同二三年一二月二日同法第一六条に基きこれを先代に売渡し(先代は対価一、二三二円を支払い)、ここに先代は同法によつて本件土地等の売渡しを受けその所有権を取得したものと信じ、引き続きその耕作占有を継続してきた。もつとも、右農地買収及び売渡処分の目的物件の表示は「旧三三番の一田九畝一〇歩」としてなされたけれども、それは担当農地委員の係員が現地につき指示したところにより右土地を対象とする趣旨の表示であつたことは明かであり、ただ買収計画樹立当時同委員会が現地の地番調査上誤りを犯し、買収と売渡の間に前記のような換地処分があつたことを看過したためにかかる誤つた表示をしたけれども先代は右処分はその耕作にかかる本件土地等を対象として行なわれたと承知し、その結果右土地は自分の所有に帰したと信じて占有を継続して来たものである。

右事実によれば、先代は本件土地等の売渡処分があるまでは使用貸借の意思でこれを占有していたに過ぎないが、右処分後は所有権を取得したものと信じ(従前の耕作関係が無償使用であり、土地区画整理事業上その目的土地が公園予定地となつていることを知つていたからと言つて、先代が政府の売渡処分の無効を知つていたと言うことはできない)、したがつて所有の意思をもつて占有を継続したものと認めることができる。被控訴人は右売渡処分はその後取消され、右取消は無効宣言にほかならないのであるから、先代は右のような売渡処分によつては当初から何らの権原を取得することができず、したがつて所有の意思ありとは解しえないと主張するけれども、右のような後発的な(時効完成後)取消処分は何ら先代の前記自主占有自体に消長を及ぼすものではないと解すべきであるから右主張は到底首肯し難い。

(ハ) (平穏な占有でないとの点)

〈証拠〉によれば被控訴人京都市は昭和三一年一〇月頃作業員を本件土地にさしむけ、「公園予定地」と表示した約二米の標識抗を打とうとしたところ、本件土地を自己の所有であると確信している先代がこれを見つけ、大声を発し所携の鍬を振り上げる等して拒否したことが認められる。しかし、右事実は単に被控訴人の抗打作業を拒否したにほかならず、未だ先代の本件土地占有自体が強暴な方法によつて保持されるに至つたと解することはできない。

以上のとおりであるから先代の本件土地占有の態様に被控訴人ら主張のような瑕疵はなく、もとより前記推定を覆えすに足る事実は認められない。

(2)  そこで次に先代が右売渡処分の結果所有権を取得したと信ずるにつき過失があつたか否かについて検討する。

一般に自創法の規定による農地の売渡処分があつた場合、その処分に取消原因があつても右処分は取消されるまで適法の推定を受けるから、その買受人は右処分の結果として、その所有権を取得したと信ずるのは当然であり、特別の事情がない限りそう信ずるにつき過失がなかつたと認めるのが相当である。被控訴人は、売渡土地の表示が違つていた点や、従前の本件土地使用関係が無償であり、しかも区画整理事業地域内の保留地であることを先代が知悉していた点(以上の点につき前記(1)の(ロ)の認定事実参照)に鑑み、先代としては当然本件売渡処分を不審に思いその瑕疵につき調査すべき注意義務があつたと主張するけれども、先代は前記認定のとおり人夫や雑役に従事していたもので特に法律知識を有していたものとは認められず、このような者にまで政府のした売渡処分の瑕疵(叙上の事情から見て無効の原因になるかどうか一般人にとつて判断が困難である)に思いを至すことを期待するのは難きを強いると言うほかなく、結局右のような事情をもつて特別の事情と認めるわけにはいかず、他に先代の過失を認めるに足る事情もない。

そうすると、先代は本件土地占有の始め無過失であつたと言うことができる。

(3)  以上のとおりであるから先代は控訴人ら主張のとおり本件土地の所有権を時効取得したことが認められる。

四なお、参加組合は控訴人らの本訴における時効取得の主張は権利の濫用であると言うけれども、本件土地(公園予定地)の時効取得自体が認められる以上、右土地の将来の利用目的が公共のものであるとの一事をもつて時効の援用を非難することは当らないし、他に権利の濫用と認められる事情もないから右主張は理由がない。

五次に先代が昭和三九年五月二一日死亡し、控訴人らが共同相続人となつたことは当事者間に争いがなく、控訴人らの相続分の割合が控訴人ら主張のとおりであることは被控訴人も明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

そうすると、控訴人らが本件土地につきその主張の割合による各持分権を有することは明らかであるから、控訴人らの本訴請求中右各持分権の確認を求める部分は理由があり、次に右持分割合により所有権(持分権)移転登記手続を求める部分についても、元来相続人は被相続人の有した権利一切を包括的に承継し、第三者との関係では連続する同一人格とみられるのであるから相続人はその名において直接自己に登記名義の移転を求めうると解されるから右移転登記請求もまた理由がある(なお、控訴人らは分筆登記手続をもあわせ求めるけれども控訴人らとしては一筆の土地の一部本件土地について所有権移転登記を命ずる判決を得ればこれを原因証書として被控訴人に代位して分筆登記手続を先行しうるのであるから主文において特に「分筆の上」右移転登記を命ずる必要はない)。

六よつて、控訴人らの本訴請求は全部正当であるからこれを認容するのが相当で、これと異る原判決は取消しを免れず、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。(石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

別紙目録および図面《省略》

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